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子育てが変わる親の心得37 レビュー

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菅原裕子著【子育てが変わる親の心得37】のレビュー記事です。

全体の感想まとめ

・(少なくとも)現在の子育ての主流は「子どもを認める」かつ「結果に責任を負わせる」
(「怒らない子育て」を履き違えた人がたまにいるが、「怒らない」は「ダメなことを放置する」ということではない)
・やっぱり大事な「自己肯定感」
・子どもが幸せであるためには、親が幸せである必要がある

書いてある内容がそのまま一致するわけではないのですが、上記のような感想を抱きました。子育て本の一つとして、この著者の本は一冊読んでおくといいと思います。
思った通りにいかないことの方が多い子育てを、どう認識し楽しんでいくか。知識をつけることでそのハードルは下がっていくと感じていますが、そのための一冊の本として、とても有用だと思います。

レビュー詳細

この本の著者、菅原裕子さんの本は、思い起こせば約3年前、大して本も読んでいなかった時にいざ子どもが生まれるとなって、子育て本の一つでも読んでいなければヤバいことになるのではないかと不安に思って読んだ記憶があります。
「子どもの心のコーチング」シリーズをはじめとして何冊か読んでいるのですが、自分の子育てに対する思いの根幹を作るものとしてものすごく影響を受けています。
この方の本の中の言葉で一番印象に残っているのは(細かい言い回しは違っているかもですが)「ママ(パパ)は、◯◯ちゃんがいい子でも悪い子でも大好きよ、と言ってください」というもので、読んだ当時「いやー・・・・いい子の時はともかく悪い子の時にそれ言えるかなあー・・・」と不安に思いました。今そこから3年経って、娘がもうすぐ3歳になりますが、めちゃめちゃそのままこの言葉を娘に伝えています。
もうさー、だってもうほんとに大好きなんだもの。
もちろんいい子にしててくれる時も心の底から嬉しいなあーえらいなあーと思うんですけど、悪い子の時も「ああ、大好きだわ」と思えているので、後はもうどっちの場合でもそれをそのまま伝えるだけなんですよね。(同じことを、「妻のトリセツ」「夫のトリセツ」あたりでも書いていますが)大切なのは声に出して伝えること、思っているだけじゃ伝わりませんのでね。
その甲斐あってなのかわかりませんが、ウチの娘は実にすくすくといい子に育っています。将来、すごい人になるんだろうなあと思っています。

それくらい、この方の本には影響を受けたわけですが、本書もその流れを汲んだ(というか、同じ著者が同じ子育てについて書いている本なので内容が真逆になるわけもないのですが)内容になっています。

親が持っておくべき心得、というものを解説しているわけですが、そもそも子育てなんて全部うまいこと行くはずありません。
例えば「公園で帰りたくない子供と、親のやりとり」の例で言えば、ずっと遊びたい子どもが帰りたくなくて駄々をこね始めたり地面に転がって泣き叫んだり、というのは、それほど珍しい光景ではありません。そりゃーずっと遊びたいよね子どもは。
で、怒って連れて帰るのはいい手ではありませんよ、と書いてあるのが子育て本です。
子どもに「葛藤」と「選択」を与えることが重要なのですよと書いてあるわけです。

「でもね、お母さん帰って晩御飯の支度しないと。お母さんは帰りたいけど、◯◯ちゃんは帰りたくないのね」
ここで重要なのは「◯◯ちゃんは帰りたくないのね」というところで一度「相手を認める」が入っているところです。仕事で、部下のマネジメントをしたい時の本でも結構な頻度で書いてある、相手を否定せず、まずは相手がそう思っているということを「認める」というやつ。
で、この後に選択をさせるわけです。
「お母さんは晩御飯の支度するから帰るけど、◯◯ちゃんはどうする?」と。
「帰らないといけない」と「まだ遊びたい」が葛藤し、その上で自分が「選択する」・・・このプロセスが大事なわけですね。
子ども「◯◯ちゃん、まだ遊びたい」
ママ「そうかー、じゃあ後1回だけ、滑り台やって帰ろうか?」
子ども「うん」
ママ「滑り台楽しかったね、帰ろうか」
子ども「◯◯ちゃん、ママと一緒に帰る」
ああ、幸せな家族の光景ですねー素晴らしい。書いてるだけで幸せになってくるわ。

でもね、現実そんなに甘くない。
このくだりを本で学んで知っている自分は、実際3歳前の娘に同じことやるわけですよ。
そしたらね、まあ途中までは台本(?)通りに行ったりするんだけど、どうしても「帰る」という選択をしてくれないこともあるわけですよね。後は、後1回を納得したはずなのに、いつまでも後1回が続くとか。エンドレス後1回。
そんなこんなが続いてたらもう時間も時間だし、そんなに悠長にやってらんねーよ!みたいな感じになって泣いてるところを引っ張って連れて帰る、みたいなこともやっぱり発生するわけですわ。やっぱ世の中そんなに子育て本の通りになんか行きませんよと。子育ては理論じゃねーんだと思いたくもなります。

それでもやっぱり、子育て本を読むことには価値がある、学ぶことには意味があると自分は思います。
なぜかと言えば、上の例で言えばやっぱり言葉の選び方として「相手の言い分を認める」というのは、知識として知っていて、かつ行動しようと思わなければなかなかできません。
たまには怒りに任せて怒鳴ってしまったり、時間がないことに焦って引っ張って行ったりしても仕方ない。だからこういうことは、意識しておくくらいがちょうどいいと、自分は思います。たまにできないのはしゃーない、人間だもの。でもやっぱり余裕のある時って子どもを認めることができていて、そういう時の方が大概うまくいくなと思いますからね。嘘ついたりもしますけど、嘘をついていることも、それが悪い(とされている)ことであることも子どもはわかっているんですよね。それを「嘘をつくなんて、なんて悪い子なの!」と怒るのは、ちょっと違う、というか、ただ子どもを否定して終わるだけになってしまう。事実を確認した後は、嘘をついたという事実に対して「悲しい」と伝えて、次にどう行動するかは子どもに任せておいたら、大抵自発的に嘘をやめるようになりますよね、たぶん。
まあそもそも大人になってからも嘘なんかつき放題なわけで、完全にゼロになんかならないですし求めてもいけないと思います。

少なくとも子育ての理論として、一つの例ですけど「相手を認めて」「自分で選択させる」という経験をどれだけさせてあげられるかというのは、その後の子どもの人生を考えたらやっぱり大切なことだと思うし、何よりも自分が子育て本を読んでおくと、「こんなことが子育て中には起こるんだよ」という疑似体験をそこでできるというのが大きい。「ああ、こういうシチュエーションがありえるのか・・・」「自分だったらどうしよう・・・」を体験しておくことで、不安も減ります。
もし読んでいなかったらどうなっていたことやら。

本書では、「親の自己肯定感を育てよう」という提言があります。
やっぱり大切「自己肯定感」。

www.romulus-k-anaume.net

 

子どもが本来持っている力を開放する方法の一つを、親の成長という観点から考えてみましょう。
それは親の自己肯定感を高めることです。親が自分を肯定して生きる姿を見せることができれば、子どもは素直にそれを生きる手本として受け入れます。
(Kindle版より引用 位置No.1567~)

自分に完璧を求めず、「私は頑張っている」「できる限りのことをやっている」と自分を認めるとき、私たちは子どもの不完全さも受け入れることができるようになります。「この子は自分のできる限りのことをやっている」と。それが愛することではないでしょうか。子どもはそれを求めているのです。
(Kindle版より引用 位置No.1618~)

子どもが不安になるのは、親が不安に思っているからであって、親が不安に思わないためには親の自己肯定感が高い必要があります。完璧主義と自己肯定感の低さが仇となって、「自分が親として子どもに何も与えられていない」という感覚が出てしまうと、子どもは不安に思いのびのび育つことができなくなってしまいます。
相手が子どもでも部下でも同僚でも上司でも、相手の存在を認めて信じることが、相手が「そうだ、成長しよう」と思えることにつながっていくのではないかと思います。