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「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ) レビュー

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汐街コナ・ゆうきゆう著【「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由】のレビュー記事です。

全体の感想まとめ

・真面目な人は、たくさんある選択肢を自ら塗りつぶしてしまい、過酷な環境下に置かれた場合に少なくなった選択肢を前に「生きるのが無理」という判断となり、自殺に至る。
・「まだ自分は大丈夫」と思えている内に、ヤバくなってきたらどういう兆候になるかを知っておくことが大切である。

過労死に代表されるような、多くはいわゆる「ブラック企業」と呼ばれる企業での勤務を経て、仕事が辛くて自殺に至るような事例を元に、そうならないように警鐘を鳴らす本です。
Twitterで30万回リツイートされたことで話題となったマンガの書籍化ですが、働き方のみならず生き方を再度考えてみるきっかけになる本だったと思います。

レビュー詳細

現時点での自分は、まあそもそもがいわゆる「ブラック企業」のような、環境が著しく悪いという状況で仕事をしている訳ではないし、死ぬくらいなら会社は辞めるという発想ができるかなあと思います。
が、実際仕事が辛いとめちゃめちゃ思いながら仕事をしていたことはあるので、そこにもし労働時間の超過が続きまくって思考する時間や力すらなくなってきたら、やばくなるということもあるのかもしれないなあという感覚があります。

このあたりは、アドラー心理学について学んでからの方が楽になったなあという感覚があります。
本書の中で、精神科医という立場から解説を行っているゆうきゆうさんはアドラー心理学についても「マンガでわかる心療内科 アドラー心理学編」という本を出版されていますが、これもかなりわかりやすく勉強になりました。

過去の出来事や他人の言動・行動によるトラウマを否定し、それは自分に目的があって、それに沿って自らが作り上げるものだとする「目的論」。
全ての人が、自分というフィルターを通してしか世界を見ていない、絶対不変の事実があるわけではなく事実をそれぞれが勝手に意味付けをしていくという「認知論」。
自分がするべきこと(課題)と他者がするべきことを分離して区別し、自分がやるべきことにのみ注力し他者の課題に土足で踏み入れないようにすることが幸せへの道である、という「課題の分離」。
アドラー心理学の基本になるであろう概念を知る前と知った後で、だいぶ考え方に差が出たように思います。

環境や他人は、自分の手にはコントロールできないので「変えられないものを受け入れる」つまり「自分の手にはどうしようもないことを気にせずに生きる」ということを意識してから、それらに反応しながら生活して「あの人にこう思われてるんじゃないか」とか気にしているのがどれだけエネルギーを浪費していたのか、ということを実感するようになりました。

本書で出てくる「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない人、というのは、うつ状態やらなんやらで正常な思考ができない、あるいは極度の疲労で思考能力が落ちてしまっている、ということが多いかと思います。
実際には、本当に辛いなら会社なんかあっさり辞めてしまえばいい、という簡単な結論に気が付けなくなる、視野が狭くなり他の可能性を自ら閉ざしてしまうということが、過剰な労働や、大体の場合それに伴う他者からのネガティブな言葉によって引き起こされやすくなっているということなのではないかと。

人生を両側を崖に挟まれた細い道に例え、元々広がっているいくつもの分かれ道や扉(「退職」「転職」「サボる」「寝る」「休む」などなど・・・)があって、見えているはずのそれを自分自身で塗りつぶして見えなくする、あるいはその選択はありえないものであると思ってしまう。そして、自分自身で「死」以外の選択肢がないと「思ってしまった」時に、死んでしまいたいという希死念慮が生まれ、さらにそのいくつかはそれが実行に移されてしまう、と。
「世界は、本当は広いんです」という本の中の記述にもありますが、仕事のみならず、家庭の問題でもなんでも、「自分がどうするか」の選択肢はとても広く用意されているものです。それを、時に意識せず自分の力で塗りつぶしてしまい、選択肢のない状態へと自分を追い込んでしまうことが、問題の本質ではないかと思います。

労働時間が長くなってくると、自分の幸せのために「学ぶ」という時間も取れなくなってくると思うので、それも自ら選択肢を閉ざしてしまう理由の一つになるのかなあーと思ったりします。
今自分、もし仮に10年前の自分に一言だけ何か言葉を送れるとしたら、確実に「本を読め」と言いますもんね。それくらい、本を読むようになってから生きるのが楽になったという実感があります。
(紙の本を読むと寝てしまう派なので、過去に戻って伝えられたところでやるかどうかは疑問ですが)

本書の中には「家族が協力してくれない、力になってくれない場合はどうすれば?」というような、苦しい状況に追い込まれている人にとってはさらにどん底に落とされるような感覚になるであろう状況についても書いていますが、人間、最後は自分だけ。他人に自分の全てを委ねるのはやめましょう、と書いてあります。
「全ては自分が決めている」という感覚がなく、他人や環境に支配されているという思考で働くと、自分でコントロールできないものに振り回されて生きることになるのでとってもエネルギーを使うのですよね。
だからまずはそういった思考も全て「(その時感じている感情としては、自分にコントロールできないという感覚だったとしても)自分が決めているのだ」ということを知ること、そこから自分が本当はどうしたいのか(「目的論」でいうところの目的は何か?)を考えるというところにまで至ったら、死ぬまで働くということにはならないんではないかと思います。

自分の人生、決めるのは自分。
自分の人生がいいものか悪いものか、評価するのも自分。

そういう観点に立ったら、やるべきことだけやっていればよい。まずは自分勝手でいいのだと思うこと。大抵はその自分勝手の上に、他者に何かをしたいという気持ちがあるはずで、自分を大切にしたらその気持ちが現実になってくるものかなあと思います。
誰の言葉だったか忘れましたが「幸せになるためには、変えられるものを変える勇気と、変えられないものを受け入れる勇気を持つことである」という言葉が頭の中に残っています。
自らを客観的に見つつ、自分のやりたいことは何か、今の自分の気持ちを自らが作り出しているのはなぜか(何が目的か?)を意識して、過ごしていきたいというような、自分の生き方が残念なことにならないよう、もう一度意識をしてみようと思わせる本でした。